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Twitterサービス停止に備える。

今のうちにアウトプットの手段を確立しておけ。

卒論が進まないので書いた。

 

書いている人は失言に事欠かないことに定評があるのだけれど、生憎そうだと思ってそう言い放つほどいい性格はしていないし、皮肉を言えるほど頭がいいわけでもない。

むしろ咄嗟に、そういうウィットに富んだフレーズを発射できるようになれればきっといざという時に役に立つのかもしれない、そうなれればな、とさえ思う。

 

使い方を誤れば図らずも人を不機嫌にしてしまう点で、言葉って本当に難しいものだとはよく言われるし、さすがは可能性の化け物、そういう表され方をされるのもよくわかる。

 

 

 

 

 

 

 

その言い方どうなの、というフレーズというか意見というか、まあ、とりあえずそれをよく見る。

 

大抵の場合、多分そこまで気にする必要のないんじゃないのと思えるようなことに対して。

 

そして同じように大抵の場合、それを言っているのは第三者だ。

 

 

 

 

 

 

 

上述した通り可能性の化け物を扱っているわけなのだから、その可能性はそりゃああるだろうが、反対に全くない場合を教えていただければいいなと思う。

それがあるなら多分誰も苦労せず生きられているのだろうけど、そうではないということから多分世の中のそれは全部グレーだ。

大抵の場合は、図らずにそうなっているグレー。

 

 

書いている人の価値判断には多くの場合減点法が採用されている。

楽しそうだが、疲れる、金がかかる、ストレスが溜まる。

そう思ってやめておく。

文字に起こすと、なんだかこれに対して無限に臭い台詞を並べて批判をされそうな感じがしてくるのだが、それだけに明白なのは、多分どちらかと言えば損をしがちな、できることなら避けるべき、それぞれに最上のパフォーマンスが保障されているなら他を選ぶべき生き方なんだろうなということだ。

しかし残念ながら、書いている人はもう長いこと減点法を採用したままだ。

多くの事象は、書いている人にとって黒く映りがちである。

 

 

黒と受け取られる可能性があるからグレーは言い放つべきではない。

 

 

だが、これに限っては、多分白だと思っておく方がいい気がしているし、そうしている。

 

 

実際、黒には見えないからそのまま放つ。

例えそれがグレーだったとしても、それを黒だと思っちゃうような人だとは思っていないから放つ。

まあ、現に痛い目をみることは少なくないから、配慮や使い分けは必要かとは思うが。

 

 

必要以上を黒認定する人の意図はよくわかる。

上述した通り、書いている人は日頃様々な事象を黒認定している。

 

 

ただ、疑問を挙げるのだとすれば、放たれた言葉や放った人について、あんたはそれに少しでも濃い黒成分を感じるかい、ということ。

あとは、受け取る人がこれを黒認定しそうな人に見えるかい、ということ。

これがグレーあるいは黒なら代替可能なワードは何だい、ということ。

 

多分この最後の問いがミソだ。

 

 

 

 

 

今年の抱負というか、意識をしたい点は以下の通りだ。

 

無闇に白認定してグレーをポンポン放つのを避けるよう努めるという前提のもと、なるべくなら白だと思って言葉を放ちたい。

次に、人が白だと思って放ったものは白だと受け取りたい。

自分に向けられたものにも、他者が他者に向けるものに対しても、黒の可能性をちらつかせないようにしたい。

 

多分その方がお互いに楽だろ、とは思うのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バカって言う人がバカなんです――――――!!!!!!

 

と宣っていた小学生時代から、俺の思考は根本的に進化していないのかもしれない。

 

それでも残念ながら今年から社会人だ。

 

強く生きよう。

 

ラムコークが香る電子煙草の煙をくゆらせながら、お子様はふんわりとそう誓う。