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Twitterサービス停止に備える。

今のうちにアウトプットの手段を確立しておけ。

思い立ったから作って書いた。

 

Twitterのタイムラインに少し鬱陶しいなと感じさせられる程度に広告の表示が増えてきたのはいつからだっただろうか。

それがどうやら経営状態があまりよろしくないがための判断らしいと知ったのはいつからだっただろうか。

 

 

 

書いている人がTwitterを本格的に始めたのは大学に入ってからだったと記憶している。

周りにやっている人が多かったから始めたっていうのが動機のひとつだったことも記憶している。

 

あと、これが1番大きな理由だったのだけれど、書いている人は中学から高校にかけて、同じ世代であったならきっと何人かは経験しているであろうホムペ文化の中を生きていたというのが大きい。

基本的に人格にもコミュニケーション能力にも難があるものだから、貴重な自己表現の場やキャラ付けのひとつとして―もちろん書いていることは楽しかった―ホムペ芸人ブログ芸人としての立ち位置を築こうとしていたし、実際そうできていたとも感じている。

それを大学に入っても続けようとは思っていたのだけれど、意外と忙しくて書く暇がなくなっていったっていうのと、あとなんとなくどこまでその宣伝すればいいのかがわからなくなったのがあって、結局それまでずっとほぼほぼ毎日の更新を心がけて頑張ってたブログを閉鎖してしまった。

だからTwitterをその代わりとして本格的に始め、多感な年頃の浮かんでは消える大小様々な感情をなるべく丁寧に整理しようとして、現在に至っているのである。

結果として現在も、正直リアルよかTwitterが本職みたいな感じを醸し出してしまっているところさえある。

 

 

 

しかし一体どうしたことか。

端的に言うなら経営がやばいとな。

Twitter、なくなっちゃうのかい、と。

 

 

 

いやいやでもまさか、世界的にここまで根付いたアプリがここにきてなくなるわけはないだろうとは思っているのだけれど、なんと最近動画アプリのvineがサービスを停止してしまった。

これはまずいんじゃないか。

就活の時には十数年先に予想されているシンギュラリティの話だとかを、「いやいやその時になったら考えればいいっしょ~~~~~」なんて遠い世界遠い先の話だと考えていたのに、なんと俺はこれからの自分生活を支えるの仕事のことですら抱かなかった危機感をTwitterの興亡において感じてしまったのである。

こんなに救いようのない話があろうか。

 

今後もし飽きずにブログが続いたとして、きっと読者―そうそういるとは思わないがごく少数の物好きな方々がそれとしているとするならば―にも伝わるであろうレベルで、事あるごとにすぐストレスを溜めがちな人種であるのがこの俺である。

そんな人間が現在貴重なストレス発散、暴発防止のツールとして使っているTwitterが死んでしまっては一体どうなるというのか。

ましてや俺は残念なことに今後社会の荒波の中にひとり放り出されてしまう身。

こんな恐ろしい話、考えたくもない。

 

 

 

 

 

 

歴史とかブームというものは、今あるものが過ぎ去ったら再び過去のそれに揺り戻しがいくというのが定石である。

そう、そこで思い至ったのが、ブログという手段であった。

Twitter代わりのアウトプットの手段、なんか作っとかないとな。

でもFacebookやインスタグラムは使いづらいしな。

 

 

 

 

 

 

そしてこのタイトルに至る。

 

 

 

 

 

 

先程も述べたように、高校までの時はぶっちゃけキャラ付けのためにやってたみたいなところもあるものだし、毎日そんなにやることもなかったから欠かすことなく更新ばかりしていたけれども、今回のはきっとそうはいかないだろうなと踏んでいる。

継続する力は確実になくなった。

あればきっと今卒論にも苦しんでいない。

 

だからきっと気まぐれで更新するだけの、Facebook以下の更新頻度のブログに成り下がるであろうとは思うけれど、今回は作るということにその大義がある。

 

なるべくなら使ってはいきたいけれども、どうなることやら。

 

ひとまず、努力はしていこうと思うし、そのために残してはおく。

ゲロクソ物好きな方がいたら、ぜひ見ていただければ。